遠藤留依の話file1
天井にゆらゆらと舞う煙草の煙を見ながらぼうっと考える。
”魚に痛覚はあるのだろうか”
魚に痛覚はない、とか誰かが言っていた。
でもまな板であんなにびちびちと動いて嫌がっているような姿を見ると痛覚があるようにしか思えない。
「あ、あ…あ~ごめん」
上にいた男が煙草を咥えた口を半笑いにしながら言った。
何が?と思った瞬間、自分の内ももに生暖かい何かが流れる感覚がして、ああ…と思う。
「あは、ごめんね」
相変わらず男は煙草を咥えたまま言う。
どうでもいい。
ただめんどくさい。
母親に見つからないようにシーツを捨てなければいけない。
男が去った後にシーツをゴミ袋に入れる。
ゴミ出しの曜日なんてどうでもいい。とりあえずゴミ置き場に置いておきたい、そう思った。
ごみ袋を持って玄関を開けると、ちょうどその時に隣の部屋の男が出てきて目が合った。
俺の持っているゴミ袋をちらっと見ると蔑んだような視線を向けてきた。
アパートの壁は薄い。
俺は部屋に戻った。
大丈夫だ、母親が帰ってくるのは昼過ぎのはずだから、このゴミは朝出そう。
隣の部屋のあの男の目を忘れるように頭を振り払った。
ひりひりと痛む体を起こして学校に行く準備をする。このゴミも捨てなくては。
本当は学校なんかにも行きたくない。
けどこの家にいるよりかはマシだ。
ゴミ置き場に着いて、あ、今日は体育がある、と思い出し絶望的な気分になる。
空を見上げると、雲がゆっくり動いている。
昨日の煙草の煙を思い出しながらまた考える。
魚に痛覚はあるのだろうか。